奉 告 文−本門宗管長 由比 日光

 茲に恭しく末法救護の大曼荼羅勧請の諸尊、殊には宗祖日蓮大聖人、別しては門祖白蓮阿闍梨日興尊者等、證知照鑑の御前に於て、不肖日光、本門宗を代表し、慎んで日蓮宗と合同の儀を言上し奉る。夫れ惟るに宗祖の滅に臨み給うや、付法慇懃慈誡切々、特に命ずるに輪次守塔の大事を以ってす。茲を以って滅後、此の棲神の霊地に聖舎利を埋めて宝塔を建つるや、六祖及び十八子、月次を定めて厳に遺誡を守る。然るに余尊の地の遼遠にして法務に多端なる、時に支障なきに非ず。之に反し獨り我が興尊は、啻に地の近邇せるのみならず、その性の謹厳にして師命を重んずるの深き、自ら進んで聖務に服し、祖塔給仕の誠悃を抽んず。時偶々開基大檀越波木井公、輪次守塔の制を廃して常住守塔の山主を置かんことを提議す。蓋し其の意祖山の興隆発展を期するに在り。然るに興尊は宗祖臨滅の遺命を重じて敢えて之を許さず、乃ち茲に波木井公と意見の乖離を来たす。然も興尊の制法に厳なる、化儀行法に於ても亦た五一疎隔の事あり、快々として懌ばざるに至る。嗚呼、遺命に忠ならんと欲するも遂に祖山に留まる可からず。假令い波木井公の議を許すと雖も信節を屈するを奈何せん。此に於てか断乎衣を拂つて祖山を去る。興尊の胸中夫れ如何ぞや。爾後再び祖山の地を踏まず、専ら宗祖付属の旨を体し、本門事戒壇建立を期して力を富士の経営に注ぐ。然も守塔給仕の遺命を憶うことの切なる、寂を示してその御墓を営むや、命じて祖廟の地に面して之を建てしむ。蓋し寂後なお給仕の衷情を表せんが為なり。嗚呼我が興尊、祖山を離れて再び其の地を踏まずと雖も、其の心は常に祖廟を離れざるなり。爾来、古制を伝え、信節を守り、法燈相続茲に六百五十余年、今や聖代昭明の運に会して合同の譲頓に熟す。何ぞ區々の情実に拘わつて異体同心の祖訓に背かんや。
 況や興尊畢生の志願、祖廟奉仕の一事に在るをや。今幸いにして機熟し時至る。何ぞ合同としも言わんや。我儕たゞ興尊の威霊を奉じて祖山に還り、その遺志を紹いで祖廟に奉仕するの一事あるのみ。興尊の威霊亦た我等が微衷を領納し給わん歟。乃ち日光等謹んで門祖興尊の深衷を量り奉り、更に国家世局の重大に鑑み、慎重熟慮、挙宗合議、去る二月十六日、宗祖降誕の聖辰を以って祖山還元の大事を決し、今茲に恭しく報告の儀を修し奉る。
 仰ぎ願くは宗祖日蓮大聖人、門祖日興尊者、並びに興門歴代の諸先師等、衲等が微衷を領納し、照鑑加被を垂れ給わんことを。

                                             本門宗管長 由比 日光